今日僕は彼女にフラれた。

彼女にフラれた惨めな男が自分磨きに奮闘するブログ

「ありがとう」「ごめんね」を言える人間と言えない人間【自分磨き】

こんにちは。さくらいです。

ちょっと仕事が忙しかったのと、一泊二日のリフレッシュ小旅行に行っていたので少し更新が滞ってしまいました。。

突然ですが、あなたは人に「ありがとう」や「ごめんね」を素直に言える人間ですか?

つい先日、このふたつの言葉の大切さに気付いたので、今日はお題にしてみたいと思います。

「ありがとう」「ごめんね」はツール

people

言えなくたって生きていけるんだよね

 「ありがとう」「ごめんね」っていう言葉、これらの言葉はただの言葉であって、言えないからって生きていけない訳ではありません。そりゃそーだ。

周りを見渡してみれば結構いますよね。でも彼らは彼らで頑張って生きてます。ただの言葉だから、言えない程度で死ぬわけはないんです。

でも僕は、「ありがとう」や「ごめんね」を言えない人を見ると、なんだか悲しいというか、「この人は気づかない所で損して生きていくんだろうなー」って思います。

だって言葉は自分を表現するツールだから

僕は、言葉は自分を表現するツールだと考えています。

僕は僕以外の人間が何を考え、感じているのかがわかりません。相手が親、親友、恋人、誰だろうと、それはわかるはずがありません。僕以外の人間からしても、僕が何を考え、感じているかは絶対にわからないと思います。

だからこそ、言葉というツールを使って自分を表現し、他人とのコミュニケーションを図ります。嬉しい時は「嬉しい」と言い、楽しい時は「楽しい」と言い、悲しい時は「悲しい」と言います。

「ありがとう」や「ごめんね」も同じツールです。ですが、感情を表現する「嬉しい」や「悲しい」とはちょっと違うと僕は考えています。

「ありがとう」「ごめんね」は相手がいないと成り立たない

communication

「ありがとう」や「ごめんね」という言葉は、ツールの中でもとても重要です。なぜか、それは相手がいないと成立しない言葉だからです。

当たり前ですが、相手に何かをしてもらった時に「ありがとう」と言い、相手に何かをしてしまった時に「ごめんね」と言います。相手というのは必ずしも人間だけではなく、動物とか、大切にしていたモノとか、時には神に対してかもしれません。

「ありがとう」と「ごめんね」は相手がいるから成り立ち、それが人間の場合はコミュニケーションを円滑に進める効力を持ちます。

自分に置き換えて考えてみよう

自分が「ありがとう」「ごめんね」を言われる立場だとして考えてみてください。

頼まれたことをやった結果「ありがとう」と言われたら、少なからず嬉しい気持ちになると思います。友達が待ち合わせの時間に遅れてしまった時に「ごめんね」と言われたら、遅れた時間にもよりますが許せると思います。

こうやって関係性が深まり、円滑なコミュニケーションが進みやすくなります。

今度は「ありがとう」「ごめんね」を言われるはずの事をしたのに、言われなかった時に何を思うのかを考えてみましょう。

頼まれたことをやったけど「ありがとう」って言われなかったら、「あれ?ただの便利屋だと思われてんのかな?それとも期待通りじゃなかったのかな?」って少し不安になると思います。友達が待ち合わせの時間に遅れけど「ごめんね」を言われなかったら、「待ってたのにごめんねの一言もないんだ。」って少し不満が生まれると思います。なんだか例えが下手くそな気がしてます、、笑

とにかく、自分が言われるべき立場だとして言われなかったら、プラスの感情は生まれないですよね。

別に絶対言えよ!言ってくれないと辛い!!とかそういう訳ではないんですけど、言われたほうが気持ちが穏やかなまま過ごすことができますよね。

相手の気持ちを考えられない人が言えない人間

この際だからハッキリ言います。僕は、「ありがとう」や「ごめんね」を言えない人間は、人の気持ちを考えることができない人間だと考えています。

さっきも言いましたが、もちろん自分以外の人間が何を考え、感じているのかはわかりません。でも、何を考え、感じているのかを考えることはできます。これを言ったら相手が喜ぶだろうなとか、これを言ったら相手が悲しむだろうなっていうことを考えることができるはずです。

「ありがとう」や「ごめんね」を言えない人間は、相手の気持ちを想像することをしない、またはできない人間だと僕は考えています。だからちょっと距離を置きたくなります。だって嫌な気持ちになりたくないもん。皆さんもきっとそうでしょ?

些細なことに対しても「ありがとう」と「ごめんね」を言える人間になろう

ありがとう

相手の気持ちを想像することって、結構疲れるんですよね。でも結局人間は一人では生きていけないし、自分以外の人間と関係しながら死ぬまで生きていかなきゃいけない。

だから自分以外の人間と良い関係を保つためにも、何かをしてもらったら、何かをしてしまったら、どんな些細なことでも「ありがとう」と「ごめんね」を言いたいと思っています。時にはウザがられるかもしれないけど。笑

僕と関わる人間が、嫌な気持ちにならないように生きていきたい。僕の周りの人間に、些細な幸せを分け与えられるような人間になりたい。「ありがとう」や「ごめんね」を素直に言える人間でいたい。

そう思い、そして誓った平成最後の金曜日でした。

それではまた!